その頃ローマを無事に脱出し、『幽霊船団』に守られている志貴達は既にイタリア半島を抜けてアドリア海に到達。

そこからバルカン半島を突き抜けるように一路トルコ、イスタンブールに進路を取っていた。

むろんの事だがバルカン半島はその全域は既に『六王権』軍の手に墜ち、もはやトルコ領すらバルカン半島側だけだとしても死の世界に侵され始めている。

更に黒海以北の国々もロシアを除き『六王権』軍の良い様に侵攻を受けた結果、全滅に等しい被害を受けていた。

その中で欧州と中東、更にアジア、アフリカを結ぶ陸路の要衝、バルカン半島、更には中東コジャエリ半島の中間地点に位置するボスポラス海峡に跨る都市イスタンブールの存在価値は戦前に比べて飛躍的に高まり、アメリカを中心となった国連軍が大規模な駐留を表向きは開始し、裏ではイスラム教穏健派組織とも手を結んだ聖堂教会、魔術協会が協力の下、魔術的な防衛網構築を急がせ、今やイスタンブールはロンドンに匹敵する魔道要塞に変貌しつつあった。

更に地中海に侵攻した『六王権』軍海軍の侵攻を食い止める為、イスタンブール南西マルマダ海はトルコ及びイタリア海軍が合同で警戒網を敷き、エーゲ海とマルマラ海を結ぶ唯一の出入り口チャナッカレ海峡は完全に封鎖されていた。

更にキプロス島を中心としてエジプト・イスラエル海軍、更に空軍が防衛体制を固め地中海東端もまた要塞と化しつつあった。

黒海以北をロシア軍とロシア正教の代行者及び、『彷徨海』の残存戦力の連合軍がギリギリで持ち堪えさせている現状、イスタンブール、ひいてはトルコ及び中東全域の防衛体制の一刻も早い確立が求められていた。

一方海上からイタリアを脱出したナルバレック率いる聖堂教会軍もバルカン半島を大きく迂回して、クレタ島、それもトルコ寄りの海峡に当たるカソス海峡に進路を取り、そこから北上そしてイスタンブールを目指している。

クレタ島まで来れば『六王権』軍の闇の封印の外に当たる、つまりは安全圏と言う事であった。

だが、現状イスタンブールは現在ロンドンに並ぶ対『六王権』軍の最前線に位置している為何時までも安全であるかは否定的であるが。

「姉さん先行している翡翠達は・・・」

トルコ側との定時連絡を終えたエレイシアに志貴が真っ先に聞くのはやはり翡翠達に関することだった。

「今確認が取れました。無事にイスタンブールの空港に到着したらしいですよ」

エレイシアの吉報に表情をほころばせる志貴。

「ただやはり、『六王権』軍空軍の襲撃は受けたようですね。軒並み撃退されたようですが」

「こちらも安心は出来ないですね」

「ええ、少なくとも闇の封印から抜け出るまでは」

「それとエレイシア、教会の方はどうなっているの?」

「ええこちらは予想通り順調な撤退とは行きませんね。撃退はしているものの、『六王権』軍海軍の襲撃を頻繁受けているようです。既にイタリア軍兵士十名近くが海に引きずり込まれたと報告が上がっています」

「とは言え我々も直ぐに救援に迎えられるものでもないからな」

「それに局長達はトルコに撤退するイタリア軍の警護も兼ねているから僕達が急いで向かう理由もないし」

「そうだな。今はイスタンブールに向かう事を先決しよう」

志貴の言葉に全員が静かに頷いた。

十六『バルカン半島上空戦・地中海海戦』

その頃地中海南方を突き進むイタリア軍は猟犬に追いすがられる獲物の如く、全速力で地中海を南東に突き進んでいた。

だが、『六王権』軍にとっては最大の難敵、代行者を大人しく見逃す筈もない。

頻発して『六王権』軍海軍が艦に乗り込もうとする。

それを現状代行者が分担して発見、撃破を続けていた。

「しかし、あの化け物共一体何匹いると言うんだ・・・くそっ!」

先程からのひっきりなしの報告を耳にしながらイタリア艦隊司令官が悪態を吐く。

「海上である事を感謝すべきだろう。万が一にも陸上での撤退となればこれの数千倍の迎撃、更には相当の犠牲を払わねばならなかった筈だからな」

それに冷徹な表情で返すのはナルバレック。

彼女の言葉は正しい。

何しろ総兵力数億の『六王権』軍内で、海軍はようやく5万程度、これに単独で流水を克服できる死者、死徒のみを計算すれば『水師』更に『水魔』スミレを含めて辛うじて三千に届くかどうか。

残りは強奪した船舶に分譲して乗船している。

その割合は全軍の0.00001パーセント程度の極少数。

それも当然、流水を克服できるのはスミレから直々に血を吸われ、スミレの眷属となった死徒か彼らの手で血を吸われ、眷属となった者だけ。

おまけに、下級になるにつれ、流水の克服力も衰えていく。

スミレ直属を第一世代とすると、第五世代ほどでもはや通常の死者や死徒のそれと大差無くなる。

それにいくら船を強奪したと言っても、船に乗せられる人数などたかが知れている。

この様なハンデもあって、ねずみ講の様に増えて行くと言っても、その規模は『六王権』軍の他の軍に比べれば速度は極めて遅いと言わざるおえない。

だが、これでもようやく数は増えた方。

『蒼黒戦争』開戦当時海軍の総兵力は『水師』とスミレ、そしてスミレがあまり眷属を増やす事に執着しなかった為、五十名前後のスミレ直属の死徒しかいなかったのだから。

「だが、これではきりが無いだろう!」

「それはその通りだ、だからこそ、代行者を分散して乗船させた上で警備に当たらせているのだが」

「っ・・・」

ナルバレックの言葉もまた正しい。

被害は皆無ではないが、それでも重軽傷者三十名前後に食い止め、更に死者は海に引きずり込まれた十名のみと言うのは全面的に代行者達の功績と言うものである。

もし彼らがいなければ一、二隻は死者の船と化していたかもしれない。

「どちらにしても封印の闇を抜け出るまでは警戒態勢を取るしかない。そこさえ抜ければ後は安心してトルコに向かう事が出来る」

その言葉に不満ながらも頷く司令官。

どちらにしろ、この神経をすり減らすような撤退戦、暫くは続きそうだった。









その頃、バルカン半島をひたすら突き進む志貴達の耳には悪いニュースがゾクゾク入っていた。

まずアメリカへの死者投下は連夜止まる事無く続けられ、その被害に加えインターネットやデマなどの煽動行為に煽られた民衆が暴徒に変貌、暴動や略奪行為が全米各地に分散され鎮静化の兆しすらなく、今も繰り広げられている。

その為国連の機関は遂にアメリカからの移転を決定、その機能を現状最も治安が安定している豪州を中心とするオセアニアと日本を中心とするアジア諸国に分散する事になった。

また北アフリカを東に突き進む『六王権』軍に阻む壁は存在せず、次々と民衆は『六王権』軍に呑まれていく。

既にモロッコを突破してアルジェリア国境をも越えたらしい。

また、イタリアや欧州各地から陸路で、海路で、そして空路で逃げ延びようとする民衆にも『六王権』軍はその牙を容赦なく、情けをかける事も無く、次々と突き立てていた。

「・・・既に欧州各地から脱出を果たした民間機の内十機近くがその消息を断ちました。おそらくは」

「『六王権』軍空軍の餌食になったんだろう」

『幽霊船団』に持ち込んだ通信機から届けられる情報を告げるエレイシアの沈痛な声にリィゾが繋げる。

「それに加えて海でも同様の被害が続出・・・」

「全く手を緩めるって事を知らないわね敵は」

「当然でしょう。弱っている敵に追撃の手を緩めないなんて兵法の基本よ」

「水に落ちた犬は叩けか・・・これに加えてイスタンブールを落とされれば中央アジア、インドも危険が及ぶ」

「そうなれば後はドミノ倒しの要領で全世界に恐怖と混乱は波及するわ」

と、その時、

「あれ?」

突然エレイシアが素っ頓狂な声を出した。

「姉さんどうしました?」

「いえ、今民間の避難機を護衛している欧州連合の戦闘機部隊の通信を捕まえたんですが・・・」

そう言ってヘッドホンのプラグを引き抜く。

その途端、何か轟音に混じり悲鳴と怒号が響き渡った。

『ちくしょう!もう二機やられた!!』

『こっちはもう俺以外全滅・・・ひっ!に、逃げられ・・・ぎゃあああああ!!』

語尾に固い物体が粉々に砕ける耳障りな音が鼓膜を震わせる。

『また食われた!くそったれ!』

『何なんだ!何なんだよあれは!』

『ひ、怯むな!全機、ありったけ叩き込め!!あれをなんとしてでも落とすんだ!』

「これは一体・・・それよりも姉さん!場所とかはわかりますか?」

未だ、轟音と悲鳴がスピーカーから木霊する中志貴が尋ねる。

「いえ、場所までは、多分地中海上空だとは思うのですが・・・」

「それにしても手ひどくやられているようだな」

「でも最近は開戦初期ほど一方的じゃないんでしょ?」

その話は志貴も聞いている。

確かに開戦初期に行われた米空軍の爆撃機が『六王権』軍空軍の手で完膚なきまでに叩きのめされた事は有名だ。

だが、その後『六王権』軍空軍の動きの癖を掴んだらしく、徐々に形勢を建て直し始め、今では互角の戦いを繰り広げられるようにはなってきた。

だが、今この通信から聞こえてくる内容からはとてもとても互角の戦いを繰り広げているとは思えない。

「何か別の敵と戦っているとしか思えないわね」

「そうなると、考えられるのは・・・黒翼公が出向いてきたのかしら?」

「厄介ね」

「難敵としか言い様がありません」

アルトルージュの言葉にアルクェイドとエレイシアが同時に嘆息をつく。

「黒翼公って、確か十六位だったっけ?」

「そうです。外見上の理由から他の祖には疎まれていましたが、その歴史、実力どれをとっても二十七祖中屈指の祖と言えるでしょう」

「もしもあいつが動き出したんだとすれば今までと違って一筋縄じゃいかないわ」

「ああ、先程のエンハウンスが小物に見えるほどの難敵だ」

深刻な表情で話し合う一同を尻目にスピーカーからはもう悲鳴も断末魔も聞こえずノイズだけが木霊していた。

・・・この時アルクェイド達が言っていたようにもしも、十六位ブラックモアが掃討の陣頭指揮に動いていたとするならば確かに、志貴達ですら犠牲を覚悟しなければならなかったであろう。

だが、幸か不幸か戦闘機部隊を全滅させたのはブラックモアではなく別の存在だった。









その報告が入ったのは護衛小隊十機あまりが僅か五分足らずの戦闘で全滅した報告の直ぐ後だった。

「何?偵察機から?」

『六王権』軍海軍との熾烈な撤退戦を続けるイタリア艦隊にそれは送られた。

「はい、辛うじて生き残った偵察機から送られてきた赤外線写真です」

そう言って副官が司令官とナルバレックに手渡した。

「それでその偵察機は?」

「この写真を送って直ぐに通信が途絶しましたおそらくは」

「そうか・・・尊い犠牲だな」

「はい」

「それで・・・」

「これは・・・」

それを見て二、三分は無言を通した二人だったがやがて

「これは・・・なんだ?」

司令官が掠れた声で問い掛ける。

それを見た部下の一人が見たままの感想を口にした。

「これは・・・巨大ロボット??」

「あほっ!何ふざけた事ほざいている!!そんなサイエンスフィクションを」

条件反射で部下を一喝したが司令官自身、内心では、その答えを否定できなかった。

今現在欧州をいや、世界規模で起こっている出来事もつい二、三ヶ月前までは予想すら出来ない荒唐無稽な出来事ばかりなのだから。

そんな中ナルバレックは無言で写真を眺めていたが、

「誰かいるか。この写真のデータを直ぐにシエルにも電子メールで送れ。後、シエルと通信を繋げ」

険しい表情で近くにいた代行者に命じていた。

彼女・・・と言うより、『六王権』軍の真実を知る者達には悉く、この様なばかげた代物を創り出せる唯一の存在の心当たりがあった。









『シエル聞こえているか?』

「ええ聞こえています。珍しく働いていますね。定期連絡なら一時間前に行った筈ですが」

エレイシアの皮肉に応ずる事も無く、本題に入った。

『貴様も知っているだろう。つい十五分前に欧州連合の戦闘機部隊が全滅したのを』

「ええ、こっちもリアルタイムで通信を傍受しましたから。こっちは十六位の仕業かと話し合ったんですが」

志貴が通信に割り込む。

『いや、幸か不幸か『黒翼公』では無い。では無いが・・・これは言葉よりも見た方が早いな。シエル、直ぐにPCの電子メールを開け』

そう言われノートパソコンを起動させ、インターネットにログインしてからメールを新規受信を行う。

その中から最新のメールを開き、添付されていた写真を開封する。

『え?』

それを見た瞬間、全員言葉を失った。

そこに写っていたのは赤外線カメラの為不明瞭だが、明らかに人型の巨大人形だった。

『奇跡的に生き残った偵察機が撮影に成功して、こちらに送ってくれた。写っている戦闘機の大きさでの比較だが推定全長三百メートル超だそうだ』

「・・・何だこれ・・・巨大ロボット??」

志貴がポツリと零した呟きをアルクェイドとアルトルージュが否定する。

「違うわね」

「多分十四位ヴァン・フェムの『魔城』よ」

『やはり貴様たちもその答えに行き着くか』

「当然でしょう」

「これに行き着かない方がどうかしているわ。ヴァン・フェムは精巧さじゃ『オレンジ』に遠く及ばないけど、巨大な人形(ゴーレム)を創り出す事にかけては当代随一よ」

「だけど、ヴァン・フェムが保有していた『魔城』に空を飛べる奴なんてあったかい?僕達が知る限りそんなの無かったと思うけど」

「フィナ、おそらく『六王権』の軍門に下った後に新しく創ったのだろう。それが出来るだけの時間はあると思うが」

フィナの疑問にリィゾが推測を述べる。

『どちらにしろ、この巨大飛行ゴーレムが極めて高い確率でお前達に襲い掛かってくる可能性がある』

「でしょうね」

ナルバレックの言葉に一も二も無く頷くアルトルージュ。

「??アルトルージュなんでそう言い切れるんだ?」

志貴の当然な疑問に一瞬きょとんとした顔を見せたが直ぐに理解する。

「そうか、志貴君知らないんだったわね。ヴァン・フェムは私達・・・と言うかフィナを敵視しているのよ」

「何で?」

「いやね、以前白翼との小競り合いの時、彼の『魔城』と僕の『幽霊船団』と戦闘をやらかしてね」

「その時にフィナが『魔城』を一つ落としている」

「なるほどね・・・確かに俺がその立場だったら向かうよなフィナさんの所に」

「うーん志貴君だったら大歓迎なんだけどね・・・」

「フィナ、ふざけた事を言っていないで、直ぐに『幽霊船団』に警戒させて、闇の封印を抜けない事には私達の不利に変わりは無いんだから」

「判りました。姫様、直ぐに警戒態勢を整えます。さらに速度も上げて一刻も早くバルカン半島の通過も進言いたします。いかが致しますか?」

「わかったわ。撤退についてはフィナに全て一任するわ」

「はっ」

アルトルージュの命を受けて『幽霊船団』は密集陣形から散会陣形に移行し索敵の強化を図ると共に全艦速度を上げてバルカン半島脱出を図る。

だが、それから僅か二十分後、最後尾の艦より、こちらに急速接近を試みる巨大飛行物体の存在が報告された。

そして同時刻、イタリア艦隊にも緊急通信が入った。

相手は彼らより先行してイタリアを脱出、民間人を乗せた輸送船、客船を護衛している部隊から。

内容は『海上から謎の巨大物体が浮上、輸送船を次々と飲み込んでいる。至急援軍を』だった。









時を志貴達がイタリアを脱出した直後にまで戻す。

ロンドン攻略に向けて着々と軍の再編を行う十四位ヴァン・フェムに実質の上司である『炎師』から通信が入った。

「これは『炎師』閣下」

『ヴァン・フェム、ロンドン攻略の手筈は?』

「はっ着々と軍の再編は行われています。また極僅かですが生き残ったルヴァレ軍の死者も組み込み、あと十日ほどでロンドン攻略を行えますかと」

「結構、情報収集も密に行え。で、話を本題に移すが、実は」

そう前置きしてからイタリア半島の戦いを告げる。

「ふむなるほど。では教会の戦力は相当量脱出したと。それに『真なる死神』まで」

『そうだ。別に功を貪欲に欲する訳ではないが、我らにとって難敵である教会が多数生き残るのはこちらにとっては都合が悪い。『真なる死神』は尚の事だ』

「確かに」

『そこでだ。お前の新生七大魔城で動けるのを撤退する奴らの追撃に使いたい。近くにいるか?』

『炎師』の問いにわずかな時間、眼を閉じていたが直ぐに頷く。

「それは運が良い、丁度ギリシアに『ベルゼブブ』、イオニア海に『リヴァイアサン』が待機中でこれからロンドンに向かわせようと思っていた所です。あれらを向かわせましょう」

『よしでは直ぐに向かわせてくれ。残りの魔城は予定通りロンドンに向かわせろ。全戦力が揃い次第ロンドンの攻撃に移れ』

「ははっ」

今ヴァン・フェムの言葉に出てきた『ベルゼブブ』そして『リヴァイアサン』、これはキリスト教神学における七つの大罪を司る悪魔の名前。

ヴァン・フェムは『六王権』の傘下に加わってから、従来の『魔城』を更に強化した新生七大魔城を製作、『蒼黒戦争』開戦直前に全て完成した。

そしてその名前にそれぞれ、七つの大罪を司る悪魔、傲慢の『ルシフェル』、暴食の『ベルゼブブ』、嫉妬の『リヴァイアサン』、色欲の『アスモデウス』、怠惰の『ベルフェゴール』、強欲の『マモン』、憤怒の『サタン』と名付けた。

ちなみに『ルシフェル』の呼び名については『闇師』の幻獣王、『ルシファー』と混合されるとの言う事で一悶着あったが、『炎師』と『影』の取り成しで事無きを得ている。

今までは戦力秘匿の意味合いでもっぱら死者の輸送や後方任務に従事していたがそれが遂に牙を剥き出す時がやってきた。









イタリア海軍がようやく救難信号を発していた先行部隊に追いついたのは受信から二時間後の事だった。

だが、その時には先行部隊は見るも無残な惨状を呈していた。

民間人が乗っていた輸送船や客船も護衛艦もほとんどその姿を消し、僅かに一隻の輸送船、二隻の護衛艦が残るのみだった。

イタリア脱出時には三十隻を越える輸送船や客船、大小二十隻の軍艦が護衛していた事を見れば被害の大きさが窺い知れる。

早速生き残りに話を聞く為に通信を開く。

「一体何が起こった?巨大生物とはどう言う事だ!」

『そ、それは』

その時、艦橋で赤外線仕様の双眼鏡で索敵していた一人から悲鳴に等しい絶叫が響き渡った。

「は、八時の方角に異変あり!何かが浮かび上がってきます!」

その語尾に浮上の拍子で発生した波が艦隊を翻弄する。

そんな中、相手側からも憎憎しげな絶叫がスピーカー越しに響く。

『!!あ、あれです!あれに大半の艦が呑まれたのです!』

「何!!」

慌てて全員がその方角に双眼鏡を向ける。

更には

「ライト!」

次々と艦からサーチライトが灯されその一角を照らす。

そこに現れたのは途方も無い大きさの鯨だった。

一番大きな輸送船ですらこの鯨の三分の一の大きさも無い。

その鯨がイタリア艦隊を確認するや、ゆっくりと艦隊に向かい旋回を始める。

あの巨体ゆえ動きはやはり緩慢だが、あれが動くのだから当然、波が起こる。

「うおっ、な、何だ?」

「あ、あの化け物が動いたために発生した波が、うわわわっ!」

「く、くそっ!体勢を立て直せ!直ぐに攻撃準備!」

「提督!輸送船が!」

見れば確かに最後の輸送船が逃げ遅れ、直ぐ至近にまで巨大鯨が迫っていた。

逃げ遅れた輸送船に気付いたのか鯨の口が突然開かれた。

いや、あれを口と呼んで良いのかどうか全員、言葉を窮した。

口と言うよりももっと近い表現で現すのならばシャッターと言うのか、それが大きく開かれ直ぐに輸送船を中に納めると同時に音も無くシャッターは閉じられた。

「・・・な、なんと・・・」

「確かに・・・『呑まれた』だな」

声を失う司令官を他所にナルバレックは苦々しく現状を把握した。

「おい、他の艦もああして軒並み飲み込まれたのだな?」

『は?は、はい!そうです!火器もほとんど効果も無く・・・』

「なるほどな・・・あれも『魔城』か・・・提督、無念だが我々に勝ち目は無い。今は一刻も早く奴から逃げる事を薦める」

暫し放心していた司令官だったがナルバレックの声に我に返る。

「に、逃げるだと!馬鹿な!輸送船の民間人はどうする気だ!このまま見捨てろと言うのか!」

「そうだ。今まであれに呑まれた艦の人間は残念だがもはや手遅れだろう。もう我々に残された手段は今生き残った人間を守り抜くしかない」

ナルバレックとしては彼女なりに誠意を尽くしたのだが、頭に血の上った司令官に届く筈も無く、司令官はここにいる者達の半数の運命を決する命令を下してしまった。

「ふ、ふざけるな!民間人を守るのが軍人の役割だ!全艦!戦闘準備!あのデカブツを破壊し中に囚われた友軍及び民間人を救出する!」

無線より放たれた命令に呼応して機関砲の標準が合わされ、対艦ミサイルやロケット砲の発射準備が始まる。

それを見てナルバレックは静かに溜息を吐き、分乗している代行者達に命令を下す。

「総員、戦闘態勢に入れ。おそらく『六王権』軍海軍が押し寄せてくる筈、その防衛に当たれ」

その予測は直ぐに正しい事が証明される。

後方からつかず離れずの追尾を続けていた『六王権』軍海軍の死者達が、この機を逃す事無く急接近を開始、次々と艦に取り付き侵入を試みて、各館で防衛の任に就いていた代行者達との戦闘が始まる。

こうしてあまりにも絶望的な戦いの幕は開かれた。









一方、『幽霊船団』には、

「来たわね」

「ああ、だけど・・・ありゃ反則だよな」

遂に視界に捉えられたそれを見て志貴はしみじみと感想を述べた。

『幽霊船団』と対峙するのは超大型の人型。

それの背面にはヘリコプターを思わせるプロペラが複数回転を続け、それが空中での静止を行っているようだった。

すると

『久しぶりだな!忌々しき『白騎士』!!』

突然人型から怨念と憎悪に満ちた声が響く。

「何々?誰か乗っているの?」

「いや、多分だけど・・・別の所から発した声を無線で流しているんだろう」

アルクェイドの驚きに満ちた質問に志貴が返す。

それを尻目に

「やあ久しぶりだね。ヴァン・フェム。それでどうしたのさ?わざわざ名乗りを上げるなんて」

『ふん、戦争に名乗りは不要だと言う事はわかっているがな・・・貴様がいる以上無視は出来るか。わが第五魔城マトリを落としてくれた貴様を!』

「そうなんだ。美少年にならいくらでも名乗られてほしいんだけど、もう何百年の爺じゃね・・・で、また壊されに来たの?でかいだけがとりえの・・・えっと志貴君、でかいだけで役に立たない事を指す言葉で日本に素晴らしい言葉があったよね?何だっけ?」

「へっ?ああ諺の事ですか?それだったら『うどの大木』の事ですか?」

「そうそう!それだよ!」

『・・・』

フィナの質問に律儀に答えた志貴に対してヴァン・フェムは沈黙を守る。

だがそれが怒りに満ちたものだと言う事は誰の眼にも明らかだった。

「・・・フィナ、わざわざ相手を怒らせてどうするの?」

アルトルージュが呆れる。

「姫様、これは相手を逆上させる策です」

「嘘を吐け。結果としては逆上させたが、あくまでも結果に過ぎん」

「ははは、ばれたか」

小声で話し合うフィナとリィゾを尻目にヴァン・フェムの怒りの咆哮が轟く。

『良いだろう『白騎士』!!ならば貴様が言う『うどの大木』の力を見せてやろう!!『ベルゼブブ』!!奴らを殺せ!!』

だが、その号令より一瞬早く、フィナも号令を発していた。

「全艦一斉砲撃」

闇に包まれ、生者も既にいないバルカン半島上空に砲撃の音が木霊する。

『イタリア撤退戦』の後半戦に当たる『地中海海戦』、『バルカン半島上空戦』の火蓋は切って落とされたのだった。

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